年配の婚活事情

平田さんという老夫婦の話をもう少しさせて頂きたいのですが、その亡くなられたご主人に対して母は、「まあ、よかったわね」なんて事を言っており、本当か嘘か分かりませんが、「平田さんが帰られてから婚活をする」と母が言い、ワタシの頭では理解回路が働かないばかりか何か汚れたものに触れた様な嫌な気分でした。

そこで咄嗟に思い出されたのが寝たきりだったおじいさんの姿です。

髭も白くてその髭を剃るのを母はよく手伝っていました。

婚活している光景がおばあさんのお嫁に行くという現実と交差して暫くは私の乙女心に暗い塊が存在していました。

理解出来なかったことすら忘れて永い年月がたちましたが、あれから平田さんはなんという苗字になったのか子供さんのいないご夫婦だったけれど、後妻となった婚家ではどのような幸せが得られたのだろうか。

女としても幸せだったのだろうかあのご主人を祀っていたお仏壇はどうしたのだろうか。

考えても仕方のないことを何故か考えている。

永い間、交流のある友人も婚活、生別、死別で一人住まいになっている者が数人いるけれどあの平田さんのように再婚した者はひとりもいない。

ああ!お金持ちで死にそうなひとりものどっかにいないかなあ!なんて冗談はたまにでることがあるけれど誰も本気で考えているものはいない。

長女の嫁ぎ先

長女の嫁ぎ先の姑の知人で男運に恵まれない女性が、死別、再婚、婚活、死別、死別、それらを繰り返しいつのまにか富みを得て、資産家になったということを聞いたことがある。

姑は私にお義母さんもそんなひと探したら・・なんて言っており「そうですね頑張ってみますね」なんて答えましたが、本気で考えることもないまま、今日に至っています。

その姑も4年前に急逝、舅はつい先日他界この夫婦の人生はなんということか数々の置き土産を放り出すかのごとく残し、あっというまの旅立ちだった。

残された遺族には実に後味の悪い怒りや悲しみが傷となっている深く治療の極めて難しいキズだ。

両者の意思と決意、そして双方の両親場合によっては他の親族の縛りがあるかもしれないが、大方は夫婦となる二人の相思によって婚活や結婚が成り立つと思われるが不思議な夫婦の成り立ちが娘の姑・舅だ。

夫婦としてだけではなく親としての子供との絆もジグザグし、伝えるべきことが伝わらないまま逝ってしまった。

もっと楽しいことも、味わうことができただろうに生きられる手立てを放棄し、自身の命を縮めてしまった。

夫婦のどちらもそうだった。

残念なことだけれど互いに自分のことのみを考え、その思い通りに生きた結果、そのような人生の幕を閉じた。

自分で選んだ人生だ。

なんて周りのものは得心できない。